私は一般成人女性!焼き鳥屋に一人で入ったよ!
そこでお手洗いを借りていると謎の男に襲われそうになる!
私が必死になって逃げようとすると手を引っ張られた。
もうダメだ!そう思って声を出そうとしたが、何もしてこない。どころか顔を上げると心配そうな瞳が目に入った。
「大丈夫とはまだ言い切れないけど、とりあえず店長に連絡しといたし...」
小さな声で告げてくる彼は、エプロンに名札が付いており。そこには『アルバイト』の文字が書かれていた。
店長さんにお詫びの言葉と食券をちょっと貰ったり、警察に事情聴取を受けたりすると夜が更けていた。
家に帰ろうとするとアルバイトくんが自転車を引いて待っていた。
「送ります。」
「いや、いいですよ。」
押し問答はしばらく続いたが、結局私は送ってもらうことになった。
彼の話を聞いた。
小説家を目指しているとか、趣味の話。
私も趣味の話をした。ゲームが好きだと言うとおすすめのゲームを教えてくれた。
焼き鳥屋に行くたびに彼が送ってくれた。
それは店長の気遣いだったのだろうかと思った。
「美味しいから来てるだけなので申し訳ないなあ」なんて私が言うとアルバイトくんは笑った。
「ここで2年バイトしてるから自由がきくんです。俺が勝手に送ってるだけなんですよ。」
驚いた。
それからも何度も彼との交流は続いた。
結果的に言うと私が彼にポロッと「あ、そういえば君のこと好きなんだけどさ。」と言い、焼き鳥屋に居た人達や店長が盛り上がってアルバイトくんも顔を真っ赤にして頷いたことから交際が始まった。
幸せな日々であった。
「やりたい事がいっぱいあるからお金を貯めている」だとか「小説で小さい賞を取ったんだ」だとか。
彼の事にもっと近づけて嬉しい感じだった。
「左手出して」と言われて疑問に思っていると左手の指の太さをおもむろに測られたのがマジでよくわからなかった。
目の前でしないでしょそう言う事。
一瞬でそれは崩れ去った。
工事現場に積まれていたものに押しつぶされて死んだのだと聞いた。即死だったと。
一緒に出かける約束をしていたのにいつまで経っても来ないから心配していたら、彼の妹から電話が入ったのだ。
私は呆然として、喪服で彼を見送った。
数日動けなかった。
数日後、彼の妹が「お兄ちゃんがあなたにって。」と指輪を渡してきた。
小さな箱は歪んでいたらしいが、中身は無事だったと彼女は告げた。
私はそれを彼が測っていた指にはめる。
ピッタリとあう指輪に涙がボロボロと溢れてきた。
その日から私は立ち上がった。
どこを見ても彼との思い出が思い浮かぶ。
彼の好きなゲームキャラのグッズが出てる。
彼が生前応募した小説はまた賞を取っていた。
私は焼き鳥屋に向かう。
店長は私を見て涙を溜めた目をこすった。
「いらっしゃいませ。」
「バイトさせてください。」
店長は目をパチクリさせた。どうして?と言う顔であった。
「彼が生前やり残したこと全部やるんで。」
「それじゃあ、あなたのやりたいことは出来ないでしょう。」
「いいえ、私はやりたい事ないんです。彼のやりたい事を全部手伝うって思ってたんで。」
私がそういうと店長は私を抱きしめた。
ボロボロと泣いていた。
私もボロボロ涙が出た。
愛おしい人を亡くしたのだ。
ぎゅっと目を閉じて開けると布団の上だった。
なぜか涙が目を伝って落ちる。
全部夢だったのに嫌に現実的であった。